「幸せなバラと私」

2007年11月吉日






 立冬を過ぎたといっても、ひんやりとした空気が、
まだ気持ち良く感じられる朝、私は起き抜けに庭に立ち、
まだ咲いているバラを見回す。

九月から咲き始めた秋のバラが、いよいよ終わりに近付き、

切花にできる程美しい姿のものが、数えるだけとなった。



ホワイト・マスターピース、ガーデン・パーティー、
                   マイダスタッチ、ミセス・ジョンレイン、フランシス・デュブリュイ・・・





                         その中で、取り分け美しいバラに鋏を入れ、小さなブーケを作り、
                                                       東京の女子高に通う娘に持たせた。















     娘に初めて学校にバラを持たせたのは、娘が中学2年の時だった。

  かつて小学生だった私の記憶に、自分の家の庭で咲いた花を、
  学校に持って来た級友の姿が鮮明に残っていて、
 その行為の豊かさと、殺風景だった教室が飾られた花によって、
 一瞬にして華やいだ感動が忘れられず、
 その感動と同じ思いを娘の同級生に味わってもらいたいと思ったからだ。



 その時から、娘にバラを持たせた日は、バラを見た娘の友達や先生の反応を聞くことが、私の楽しみとなった。

「バラの棘の多さに驚いていた友達の話」、「見慣れない珍しいバラだと言って、名前を尋ねてきた友達の話」、「鼻がバラに付くほど顔を近付けて、気に入った香りを嗅いでいた友達の話」などなど。

















その様子を目に浮かべると嬉しくなって、もっと美しい花を咲かせて皆に見てもらおうと、いつの間にか娘から聞く話がバラを育てる励みになっていた。

 娘も、何人もの先生に「このクラスは、何時もバラがあっていいね!」と喜んでいただいたり、中学卒業時には、「バラといえば、合田さんを思い出す。」と言っていただいたことが嬉しかったようで、満員電車の中でバラが潰されないように、必死に守って運んでくれた。

 それから5年。娘の同級生に喜んで貰うつもりが、反対にすっかり喜ばせて貰っている私がいた。


それも、今日で最後になる。











娘が高校3年になったこの秋まで、春と秋のバラのシーズンには、毎週教室にバラを持たせていたが、
        自分の育てたバラを、延べ二百余人の女生徒と先生方に見ていただいて、
              バラも私も実に幸せな5年間だったなぁと、
              
              感謝の気持ちと共にしみじみ思うのだった。



合田 ケイ子











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